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2015.08.13

芸能人“超貧乏エピソード”特集

芸能裏ネタ、行ってみましょう。
今は飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子タレントも、
ブレイク前には信じられないような貧乏体験をしていた…、
なんてことはよくあるものらしい。
今回はそんな芸能人の極貧伝説をお届けします。
タイトルもズバリ、芸能人“超貧乏エピソード”特集
果てさて、どんなビックリ話が飛び出すやら


菅野美穂
家が貧乏でロクなものを食べていなかったので、ビタミン不足で子ども時代は口の端がよく切れて血が出ていたと本人が告白。

小西真奈美
ハンドクリームを見ると、つらくて感傷的になってしまうらしい。
小学生の時に両親が離婚しており、生活苦に。
冬にお湯が使えないので、水で洗い物をしていたので手が荒れた。ひび割れを防ぐために、ハンドクリームを使っていた。そのために、今でもハンドクリームを使うと、その頃を思い出すのだとか。

若槻千夏
グラビアデビューした直後は、マンガ喫茶に寝泊りしていたという。
実家が埼玉にあって渋谷の事務所に通うのが大変だったという事情もあったが、実はお金がなかったため。
事務所からは月3万円の交通費が出たのだが、それを節約しようとして、下着持参でシャワー設備のあるマンガ喫茶で、最長1週間連続寝泊りしていたとか。
さらには、ギャラが安いので、小遣い稼ぎのために、ビル清掃の早朝アルバイトもこなしていたという。

麻生久美子
彼女の家庭の貧しさはハンパじゃなかった。
本人の衝撃告白によれば「ザリガニがごちそうだった」というから仰天。
本人談。
美味しかったですよ。だから『ザリガニ釣りにいこう』って言われてみんなで行くのが嬉しくて。友達はちゃんと水槽に入れて飼っていたけど、ウチは鍋に入れて(笑)
さらには、学校に着て行く服がなくて、こんな苦い経験も。
ブルマーと半袖の体操着で冬に登校してバカにされましたね
セレブなイメージの女優にこんな過去があったとは、まさに仰天。

電脳アイドルとしての絶頂期に芸能界を引退。
パソコン関連会社を立ち上げて女社長に。ところが、その後に苦悩が〜。
会社設立2年後に資金難に。自分の給料はゼロ。12人いた社員も解雇せざるをえず、3日間寝ないで資金繰りに駆けずり回り、4日目に爆睡する生活が続いたとか。
その時「オレとつきあえば資金の面倒を見てやる」と口説かれたことも。その会社は経営危機を乗り越え、今も存続しているとのこと。

次長課長の河本
小学校3年の時に両親が離婚し、極貧生活に。
服は姉のお下がりで、ズボンもスカートを真ん中で切って縫い合わせたものだったとか。
風邪をひいたとき、母親は栄養をつけさせるのではなく、「じっとしていなさい」と体力を消耗させないようにしたという。
当時の食べた食事で一番豪華だったのは、学校の給食だったらしい。

滝沢秀明(タッキー)
ジャニーズの中にも極貧生活体験者が〜。
幼少時に両親が離婚し、シングルマザーに育てられることに。
母親は食費を切り詰めるため、ギョーザの具に、肉ではなく、缶詰のツナを使っていたという。

TOKIO城島茂
母子家庭に育ったせいで、幼少時代は貧しかった。
自宅の裏にある畑から菊の花をとってきて、おひたしにして食べていたとか。菊の花は料理の中にちょっと添えてあるとおいしいのであって、まとめて食べるとたまったものではないのだが…。

以上、芸能人“超貧乏エピソード”特集、いかがでしたでしょうか。あの麻生久美子の話はまさに伝説かも(情報参照元:アサヒ芸能・UWASA

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