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2015.09.12

押切もえ、パジャマで通学していたヤンチャな過去

CanCamのカリスマモデルの中で、
もっとも激烈なブレイクストーリーを持つのが押切もえ

「情熱大陸」や雑誌各誌が取り上げてきた押切もえの半生?は、
確かにアップダウンが激しく、実に面白い。

今回は押切もえのヤンチャで、泣かせる過去物語をご紹介


押切もえは、1979年12月29日生まれ。千葉県出身。
小さく頃は、大人しくて、カメラを向けられることも嫌いだったらしい。
しかし、中学に入ると、その地味な性格は一変。
千葉から、渋谷に通い始めたからだ。
彼女がコギャルブームの時代に『egg』や『Popteen』のモデルに登場し、
スーパー女子高生と崇められていたことは有名。

高校時代も波乱万丈だった。
校則の厳しい私立は1年で中退。
開放的な公立高校に入学。
ますます渋谷にはまりつづけ、高校へはパジャマで通学したこともあったとか。
また『egg』の読者モデルから嫌われ、
「テメェ、調子ン乗ってンなよ。渋谷から出て行くか、いますぐ裸でセンター街歩くか、どっちか選びな」と言われ、
押切は「やってやるよ」と裸でセンター街を闊歩したという伝説が残っている。

彼女の劇的な人生はまだまだ続く。
20歳の時には高校時代から付き合っていた彼氏が、自動車事故で急死。
当時の心境を、彼女は「死にたいと思った。首がもぎれて死ねばいいと思った」と述懐している。


モデルの仕事は『Popteen』『ViVi』をこなすが鳴かず飛ばず。
00年には当時インリンもやっていた、K-1のラウンドガールを経験。インリンに励まされ、彼氏との死別から立ち直り、仕事に力を入れるようになる。
そして、01年には『CanCam』の専属モデルとなるのである。

売れに売れている現在も、死んだ彼氏の墓参りだけは欠かさないという。

今の押切もえは実に洗練されていて、本当にキレイだ。
元々スケールが大きく、化粧ばえする顔立ちであり、
彼女が一番モデルらしいモデルであると思う時がある。

やる気と運気に恵まれ、天性の素質を開花した女性ほど、美しいものはないというが…。押切もえ、ホント、カッコいい。

15:45 | モデル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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